屋久島 宮之浦岳

期間 2025年3月21日
目的の山域山名 屋久島 宮之浦岳 天気 快晴
登山方法1 小屋泊 登山方法2 1泊2日
目的1 個人 目的2
メンバー(氏名) mac田中和枝、田中綾乃、田中駿

記録詳細

メンバーは、僕のほかは妻の和枝、次女の綾乃(23)、長男の駿(12)の4人。駿の小学校の卒業式を終えて、2025年の3月19日の水曜日に出発。関空からピーチで鹿児島へ。さらに高速バス、高速艇と乗り継いで、屋久島宮之浦港に到着。15:10に高速艇を降りると寒かった。この日の天気は「曇り一時雨」で気温は最高が10.7度、最低が6.9度。バスで宿をとっている安房に移動し、登山用品のレンタルショップの「山岳太郎」で聞くと淀川登山口までの道路が凍結していて通行止めとのこと。宿の近くのスーパーに行くとおにぎりがない。お弁当も売り切れ寸前。前日まで海が荒れて物資が入ってきていない。なんとかその日の晩御飯のお弁当だけは購入。宿でそのお弁当を食べながら相談。計画を変更して入山予定を翌日の20日から21日に変更する。

20日は白谷雲水峡に行く。宿のある安房(あんぼう)からバスに乗り、乗り換えのバス停である「小原町」(おはらまち)で降りて次のバスを待つ。来たバスは満員で一時間待てとのこと。レンタカーをケチってバスにしたのが間違いだった。待っている一時間の間に歩いてスーパーに買い出し。翌日の入山に備える。その時の購入メモが添付の写真。この時、僕は大きな間違いを犯してしまいました。みなさん、わかりますか?答えはのちほど。

白谷雲水峡はすばらしかったです。ジブリの「もののけ姫」のモデルになったとかいう苔の森は本当に「もののけ姫の木霊」がでてきそう。天気も上々で楽しい3時間のお散歩になりました。

翌日の3/21、早朝4:30に宿を出て、4:42安房発、屋久杉自然館行きのバスに乗りました。屋久杉自然館で荒川登山口行きのバスに乗り継ぎます。この時もタッチの差で3便5:40のバスに乗れず、5:00発の1便が戻ってくるのを1時間待つ羽目になりました。屋久杉自然館にバスで行くと、どうしてもレンタカーやタクシーを利用する人よりも遅くなり、その分バスを待つ時間が伸びます。ここでも自分がレンタカーをケチったのが響きました。しかたがないので、バスを待ちながら朝食。先ほどの僕の「間違い」は分かりましたか?答えは「1日目の朝食を用意していない」です。まあ、多めに買っているので大丈夫と思いたかったのですが、その目論見は息子の食欲で打ち砕かれました。日頃それほど食べない息子が、まだ歩いてもいないのにおにぎりをパクパク食べます。「食べていい?」と聞かれると、「ダメ」とは言えません。僕の食べる量を基準にすればおにぎりの量も十分で、おにぎりだけで朝食と昼食の2食分になると思っていましたが、小学校を卒業した息子は予定外に食べて、朝食でおにぎりはほとんどなくなり、昼に翌日の昼食の予定だったパンを食べざるを得なかったのです。

荒川登山口からトロッコ道を歩きます。家族4人で屋久島のトロッコ道を歩くのは幸せでした。それぞれ寝袋とマットを持って、僕は4人用のテントも持っていましたが、それほど重いとは感じませんでした。天気も最高でした。屋久島でこんなにいい天気の中歩けるなんて僕たちはとてもラッキーです。日帰りの縄文杉ツアーの方たちが急いで行くのに追い越されながら、僕たちはゆっくりと歩きます。7:00から歩いて、トロッコ道の終点で10:30頃。途中で「トロッコ」に追い越されました。7.5㎞の距離を3時間半もかかっています。

でも、この日は新高塚小屋まで行けばいいので、ゆっくりと歩いていきます。登山道に入り、ウィルソン株を4人占め。ウィルソン株の中に鳥の巣がありました。大王杉、夫婦杉と過ぎて、いよいよ縄文杉に到着。写真を撮って、高塚小屋に入りました。新高塚小屋まで行きたかったのですが、雪も少し残っていて、みんな疲れていたので高塚小屋で宿泊と決めて荷物を降ろしました。夕食までみんな昼寝。ちかくに屋久鹿がいて、写真を撮りました。

夕食は、予定通りアルファ米にカレー。さらに一人一つのカップ麺。ただし、食料が少ないので、僕はカップ麺を食べずに残しました。18時ごろ就寝。小屋は満員でしたが、僕らは早めに場所を取っていたので、2階をほとんど占有できて快適でした。テントを持たない人が後からきて場所が欲しいというので、先に入っていた人からテントを持たずに来るなんて非常識だと叱られていました。僕たちは結局テントは使わず。

翌日、5:00起床。5:30発。次女に「行こう!」というと、なんと「私寝てる」と登頂拒否。まあ、そのほうがよいと一人で宮之浦岳アタック。妻には「12時に高塚小屋に戻る。3時間進んで、3時間で帰る。ただし、9:00に三叉路に到着していたら進む。その場合は、高塚小屋に戻るのは13:00。11:00にスパゲティを作って食べて12:00に出発できるようにしておいてください。」と書置きをして出発。僕は菓子パンを二つと、1リットルのお湯。コーンスープの素一袋。食料が少ないので、効率的にエネルギーを使わなければならないと考えていました。また、奥さんがカロリーメイトをひと箱持たせてくれました。このカロリーメイトは結局食べなかったのだけれど、持っているだけで安心感がありました。5:30に高塚小屋を出て、6:15頃に新高塚小屋に到着。トイレ休憩をして6:30に再出発。ここから8:10に平石岩屋につくまでルートが分からない箇所が3か所。いずれも藪漕ぎの末にルートが見つかりました。

平石岩屋にてようやく携帯の電波が入る。ダウンロードしていたはずのYAMAPの地図データがなく、そうなるとYAMAPアプリが頼りにならない。電子機器の弱点だ。それでも8:10に平石岩屋に到着し、そこからコースタイム的には三叉路まで40分、さらに山頂まで20分。合計1時間なので少し時間オーバーだがいけると踏んだ。さらに平石岩屋で電波が入り地図のダウウンロードができた。三叉路には8:54に到着。空腹で少々ペースダウンしているが、ほぼコースタイム通り。パンをかじってエネルギー補給。こういう時に「お湯」というのはカロリーゼロのくせに飲むと体に力が戻る。山頂に着いたのは9:41。20分のはずが47分もかかっている。なぜか?道に迷っていた。山頂付近で。「なぜ、そんなところで迷うのか?ありえない」と諸先輩方には怒られそうだが、僕は、「藪の先には道がある」とそこに着くまでの過程で思い込まされてしまっていた。道に迷った上に、僕は少し落ちた。ブッシュの上を転がって少しだけ落ちた。ストック1本がどこかへ行ってしまった。カッパのズボンのお尻はこの時裂けていた。靴も一部破れた。

 

そして体力的にも厳しいと感じていたので、ブッシュの中で「これはヤバいのではないか?生きて帰れるか?」とまで感じた。心の中で「いやいや落ち着け、ルートを確認しろ」と考え、ケータイでYAMAPアプリを見た。登らなければならないことが分かった。僕の右肩は「五十肩」で痛みがあり、可動域も広くないが、その「五十肩」の強烈なリハビリだ。実際、肩の痛みは少し良くなり、可動範囲も広がった。なんとかルートまで這い上がるとすぐに正しいルートが分かり、山頂はすぐそこだった。

一息だけついて、登頂の証拠写真を撮って、山頂から4方向の写真も撮り、9:46に下山開始。三叉路で10:06。帰りのルートでもちょっとだけ迷いながらも順調に下り、10:50に平石岩屋12:00すぎに新高塚小屋。良い天気の下、少々空腹ではあるが順調に楽しく下れました。ただし、登っているときから気になっていたのですが、4本爪アイゼンの位置がつま先とかかとの中央ではなく、かかとに近い位置になっていて少々歩きづらい。帰宅してから撮った写真が下記の写真で、写真1で、左側(左足)の場合はつま先とかかとの中央付近にきます。同じく写真1の右側(右足)の場合は、かかとに近い位置になります。何が違うかというと、写真2に示すように、かかとにひっかける部分のひもの長さです。短くすると写真2の左側のようになり、ひもがソールに近い位置にきます。長くすると右側のようになり、ひもはアキレス腱のあたりにきます。このひもの位置で爪の前後の位置が変わってしまうとは、すぐには理解できません。設計ミスなのではないかとさえ思います。

写真1

写真2

写真3

下りで僕が考えていたことは、アイゼンの位置のことよりも、家族が出発してくれているかどうかでした。夕方17:00までにバス停に着かなければ、この日も宿に帰れないことになりかねません。食料がないなかで、もう一泊はさすがにきついと思いました。高塚小屋に予定の13:00を2分ほど過ぎて到着。そこにいたのは次女の綾乃だけでした。妻の和枝と長男の駿は12:00に出発したとのこと。よかった。残しておいてくれた昼食のスパゲティを食べました。おいしかった。さらにテントは綾乃のザックにパッキングされて、綾乃が持ってくれました。宮之浦岳を往復した僕が持つと下山に時間がかかる。下山できない可能性もあると考えてくれたようです。家族が僕を宮之浦岳に登頂させてくれたと感じました。

綾乃は下りが速いです。石をリズミカルにぽんぽんと飛んでいきます。綾乃がテントを持っているのに追いつけません。なんと1時間でトロッコ道に出ました。14:30。さらにトロッコ道を1㎞12分のペースで僕を引っ張ってくれます。途中で木の上に屋久猿がいました。赤ちゃん猿もいて可愛かったです。残り2.5㎞のところで和枝と駿と合流。16:30にバス停に着き、下山バスに乗れました。

今回、家族全員で淀川登山口から入って、全員で登頂する予定でしたが、3月10日に駿の腰の疲労骨折が判明し、駿の登頂をあきらめました。それでもせっかくなので縄文杉までは行きたいとのことで、荒川登山口からのアクセスに変更しました。レンタカーの件、食料の件、道迷いの件など僕のミスが多かったのですが、妻も綾乃も駿もよく頑張ってくれました。無人小屋で泊まるという体験もさせてあげることができました。綾乃も駿も下りサイコーと言っています。19日は先述の通り最高10.7度、最低6.9度でしたが、20日は15.0度/8.4度、入山した21日は19.4度/7.3度、下山の22日は24.4度/9.0度と天気が良い日が続いたのもありがたかった。家族にとって忘れられない山行になりました。