2018.6.4
テント泊
前夜発1泊2日
個人
関西の山

台高 東の川本谷

2018/06/02・提出

期間 2018/05/25~2018/05/28
目的の山域山名 台高 東の川本谷遡行 天気 晴れ
登山方法1 テント泊 登山方法2 前夜発1泊2日
目的1 個人 目的2 沢登り

コースタイム
 5月25日(金)
21:00 和歌山発 – 23:30 大台ヶ原駐車場着(車中泊)
 5月26日(土)
5:30 起床 – 6:55 大台ヶ原駐車場発 – 7:35 尾鷲道分岐点 – 9:35 雷峠(小休止)- 9:50 雷峠発 – 11:30 尾根筋を外れてルンゼに突入 – 14:25 白崩谷床800m付近(小休止)- 14:45 出発 – 17:35 東の川本谷出合 – 18:00 テン場
 5月27日
4:40 起床 – 6:40 出発 – 8:25巨大な岩屋 – 9:20 アメ止めの滝 – 10:05 エボシ滝 – 11:40 中崩谷出合 – 12:00 地獄釜滝(高巻)- 12:30 滝上(小休止)- 12:40 出発 – 13:30 大釜をもつCS滝 – 15:50 巨岩 – 17:40 西の滝下・滝見尾根取付き個所(沢通しに通過)- 18:40 シオカラ谷最初の6m滝(引き返す) – 19:10 左岸尾根に取りつく – 19:40 ルンゼ状を登れず引き返す – 20:20 滝見尾根登山道に合流 – 22:40 尾根上にて下界と連絡がつく – 23:40 大休止 – 翌0:20 出発 – 1:54 救助チームと合流 – 3:30 シオカラ橋 – 4:00 大台ヶ原駐車場(しん、救助チーム5:00)
●反省・感想雑惑
 5月26日(土)~27日(日)の沢で1泊の予定で、台高の名渓、東の川本谷に行ってきました。2日間丸々行動が必要なハードなプランで、前日25日のうちに行動を開始する大台ヶ原駐車場に入っておく計画でした。遭難騒ぎ寸前となり、様々な方面にたくさん迷惑をかける反省点の多い山行となりましたが、まずは感想を述べます。
【感想】
 5月25日の23時半ぐらいに大台ケ原駐車場に移動し、しん、たの、紫で車中泊しました。特に寒いこともなく、快眠できました。翌26日は辺りが明るくなるころに目を覚まし、活動を開始しました。既に同行者のたけさん夫妻も来られていて、準備を開始している模様。聞くと、奥様の方が体調が悪く熱があるようで、今回の山行は体力的にハードとのことなので、紫とともに和歌山に戻りゆっくり過ごすことに。タイミングを見て、27日(日)の夕方に同じ駐車場に迎えに来てもらう手筈とし、山行はしん、盛さん、たのの3名とすることにしました。ここでたのはツエルトで寝られるため、テントは3人用のものを2つ持っていく予定だったものを、1つだけもつことに変更しました。
7時には出発し、尾鷲道方面に向かいます。東の川への下降ルートは通常、堂倉山南方から白崩谷を下降しますが、本ルートでは白崩谷の中流部で滝が連続し懸垂下降になることが考えられたため、今回は堂倉山をさらに南下、1414m峰、1362m峰を通過し、雷峠から北西に伸びる尾根を歩き1402mピークを通過、北西に伸びる枝尾根に乗って白崩谷底の標高600m付近に降り立つプランとしました。本尾根は、25000分の一地形図上では特に嵓なども立っておらず快適に下降できるのでは、という判断からです。数名のハイカーや写真撮影が目的の人々とすれ違いますが、雷峠から尾鷲道を外れると人の気配は皆無に。1402mピークまでは歩きやすい尾根でしたが、徐々に傾斜が増し、1100mを切るころには完全な岩稜に変化。このままは下れないと判断されたため、向かって右側の沢筋を下降することにしました。木を支点に懸垂下降の連続で下りますが、沢は傾斜を増すばかりで、最後にはルンゼ状に。空中懸垂も合わせて30mロープ2本を束ねて5連続で懸垂下降を行い、ようやく傾斜が緩み一安心。特に核心部は30mロープで長さがギリギリで、際どい懸垂下降でした。傾斜が緩むと、土石流堆積物と思われる岩屑の浮いたガレ場が続き、今度は落石を起こさないよう慎重に下らなくてはなりませんでした。結局、雷峠から白崩谷の600m付近の沢床まで4時間半もかかり、時間を使ってしましました。後で赤色立体図を確認すると、同尾根は地形図上には表れていない嵓と思われる岩壁が至る所に立ち、下降に適したルートは周辺に皆無であることがわかりました。東の川へは、通常通り白崩谷を下るのが最も安全であると思います。苦労した甲斐もあってか、白崩谷の滝は全てエスケープできており、600m沢床から東の川出合まではさしたる困難もなく下っていけました。ただ、東の川本川ほどではありませんが、それでも大きな岩が多く、体力は消耗します。休憩を交えながら3時間ほどで東の川に合流しました。
既に17時半を回っていますので、本日はこの周辺でビバークすることに。5分ほど東の川本流を遡った左岸側に、テント・焚火をするのに十分な広さの一枚岩があったので、ここで野営です。盛さんがたき火とごはん炊きを、たのがおかずのポトフの調理を行い、テキパキやって19時ころには準備が完了。さらに水中をヘッドランプで照らすとアマゴと思われる魚がウヨウヨ。釣り師がいたら、夕飯のおかずが増えただろうなと思います。しっかり食べて、盛さんとしんはテントで、たのはたき火横で青空野宿としました。夜は寒くもなく、寝袋カバーとダウンジャケットだけでも十分に眠れました。
27日の朝は明るくなってきたころ、5時前には目が覚め、そのまま起床。火は起こさず、ガスで湯と夕飯のあまりを温め、出発準備を整えて6:40には出発しました。本谷は規模が大きく、ちょっとした渡渉でも腿まで水につかります。朝一番からなるべく水には入りたくないので、浅いところを拾いながら進みます。1時間も歩くと谷は開けてきて、徐々に巨岩が目立つように。途中、アメ止めの滝とエボシ滝の間で沢床に降り、沢通しに通過しようとトライするも巨岩+泳ぎとなり歯が立たず、仕方なく泳ぎを交えて沢を下降、右岸の巻き道に戻ることに。これで1時間半程度ロスしてしまいました。エボシ滝周辺はまさに巨岩帯!ちょっとしたビルほどもある巨岩が谷を埋め尽くしており、あのまま進んでも進退窮まる所だったと胸をなでおろしました。巻き道には一か所落ちるとヤバい所があったため、ここだけロープを出しました。エボシ滝を通過すると、沢は傾斜を緩め、岩も小粒に。右に大蛇嵓の大岩壁を見ながら、さらに遡っていきます。すると、この沢最大の地獄釜滝が姿を現します。傾斜はそれほど立っていませんが、流水に磨かれ滝はツルツル、手が出ません。地形を見て、左岸を巻くことに。巻き道では逆走スラブ状の流水のある滝をトラバースする形で上っていく必要があり、安全を期してロープを出すことに。
地獄釜滝を通過したところで昼食のため、大休止をとりました。左岸からは湧水があり、飲み水を補給。岩間から湧く水で、森の中を流れてきた沢の水よりも無機質な味がしました。滝上から下流方向を見てみると、大蛇嵓の巨岩が目の前に聳えますが、展望台は見えません。30分ほど休憩したのち、さらに先に進みます。パッと見た感じでは、進路はそれほど困難には見えませんが、何せすべての岩が大きく、超えていくのに本当に苦労します。ショルダーやスリングでの引き上げなどを駆使し、岩の間を脱獄者のようになりながら突破したりして進みます。途中、深さ4mはありそうな淵があり、泳がずに超えるためには左岸の岩を登る必要がありましたが、これが悪い!盛さんにショルダーで先に突破してもらって、しん、たのは引っ張り上げてもらいました。大岩にもいい加減うんざりしてきた頃に、東の川でも有名な巨岩が現れました。個人的には、エボシ滝周辺の大岩の方が大きく感じましたが、それでも大きい!直接登るのは難しそうなので、周囲を見渡し巻き道を探すと、左岸からロープが垂れ下がっていました。ここで大きなミス。たのはこれを巻き道の入り口だと勘違いして、ロープの結び目まで登り、そこから数m進んだところで急で進めなくなりました。踏み跡もありませんし、これはさすがにおかしいと感じ、結局戻ることに。どうもこのロープは、大岩を乗り越えるために使われていたもののようで、嵐などで流路が変わったのかお役御免となっているようです。周囲を見渡すと、同じように大岩の上の方にロープがつけられており、昔はロープがあった位置まで水があって通過が困難であったため、こうしたロープがつけられたのかな、と思いました。これで1時間程度を浪費。徐々に時間が無くなってきました。
大岩に近づくと、左岸に岩がごろごろした緩斜面があることに気づき、ここから巻くことにしました。これは正解だったようで、うまいこと大岩の上に出られました。大岩を超えると、いよいよ中の滝245mと滝下の巨岩帯が目に入るように。右岸から合流する滝としては西の滝150mの方が下流側のはずですが、こちらは木と岩の影となり、まだ見えません。さらに進んで、西の滝も目に収めます。感動的な光景なのですが、すでに18時前、さらに焦りが出てきます。ここで痛恨のミス。エスケープルートの滝見尾根の取り付きは西の滝の正面(対岸・左岸側)にあり、遠目にロープが見えていたのですが、先ほどのロープに騙されたため、たのは取り付きだと判断できず、そのままシオカラ谷に突入。事前にルートをしっかり確認していなかったことが悔やまれます。ようやく道がおかしいと気づいたのは、18:40ほど、シオカラ谷の最初の6mCS滝が現れてからでした。既に辺りは夕闇に包まれてきており、ひとまず100mほど戻り作戦を練ることに。
慌てても事態は好転しないと考え、3名で意見を出して、左岸を上がれば滝見尾根上の登山道にぶつかるはずだからとヘッドライト山行に移行。たの、しんは沢シューズから登山靴に履き替えましたが、盛宏さんはまだ沢が出てくるかもしれないと、沢シューズのまま登っていくことに。沢で水を補給し、体力ルートに備えます。尾根を登っていくと、次第に傾斜が増し、ルンゼ状に変化しました。たのが取り付きますが、逆走スラブで泥をかぶってズルズル滑ります。さすがに危険だと感じ、このルートは無理だと判断、立木にロープを跨がせ懸垂下降で戻りました。ここへきてようやく、本格的に緊急ビバークが必要だと3名で判断、沢床に戻る方向かつ登山道とぶつかる可能性が高い西の滝出合方向に進路をとり、少しずつ下っていきました。この段階で、緊急ビバークとなると考えていましたが、運よく滝見尾根の登山道にぶつかったため、再度どうするか協議、登山道ならば夜でも歩けると判断できたため、そのまま登ることとしました。
登山道はテープや道を固定する金具などが多く、踏み固められてもおり、概ね歩きやすかったです。ただし、体力的には限界を迎えていたのでペースは上がらなかったため、じわじわと高度を稼いでいきました。1200mほどまで高度を上げると、今まで圏外であった携帯電話が何とかつながるようになり、22:30になってようやく下界に安否の連絡が入れられました。遅くなり申し訳ありません。途中50分ほどの大休止をとり、最も体力的にきつくなっていたしんが眠ることで多少体力を回復しました。しんは特にバテており、水を飲んでも吐いてしまう状況でしたが、眠ったことで白湯であれば少し飲める程度まで回復し、さらに先に進むことへ。
1400mを超えたあたりで、耳を澄ましてみると、「おーい」という声が上の方から聞こえてきて、今までの人生の中で一番といっていいほどホッとしたのを覚えています。救援に来てくれた、フォレストさん、バンブーさんでした。2人は翌日平日にも関わらず、紀南から駆けつけて助けに来てくれたのでした。2人が持ってきてくれた食べ物・飲み物をおなかに入れて一服し、あと少しだと自分に言い聞かせ、もうちょっと頑張ることに。一度ほっとしてしまったため疲れが噴出しましたが、前向きな気持ちで登れました。そこから1時間弱で正規の大蛇嵓展望台に行く登山道にぶつかり、さらにシオカラ橋まで行くと紫さんと盛さんの奥さんも待っていました。ここから駐車場までの緩い登りは武さん夫妻としんさんに付く2パーティに分かれて、武さんパーティは27日の3時半ほどに、しんさんは5時前に大台ケ原駐車場に付きました。
24歳の時から山を始めてもうすぐ9年、いろいろな山に行ってきましたが、今回の沢登りが精神的には最も追い詰められた山となりました。疲れからなのか、それとも事前調査不足、実力不足なのか、これら全てなのかは分かりませんが、判断ミスが連続し、久しぶりに山が恐ろしくなりました。以下に、今回の山行の反省点をまとめていきます。
【反省】
①事前の情報収集不足
 リーダーのしんさん、同行者の盛さんともに実力者であったため、連れて行ってもらう感覚でいて、事前の地形の理解や遡行図の勉強を怠りました。また、アプローチとして選んだルートも地形図上で嵓が見られなかったことを安易に信じ、地形が穏やかであると信じ切っていました。遡行図の情報をしっかり見ていなかったため、沢通しに行くことが難しいエボシ滝周辺で沢を進もうとし、結局戻って時間をロスしました。シオカラ谷から滝見尾根にショートカットしようとした箇所に至っては、地形図上でも嵓が立っているにも関わらず焦りから安易に取り付き、ルンゼでは滑落しかけました。事前準備のなさは、どこか山をなめていたと言わざるを得ません。

②シオカラ谷から滝見尾根に向かって直登しようとしたこと
 私はシオカラ谷で真っ暗になったとき、先に述べたように地形図も確認不十分で安易に左岸斜面に取り付きました。当時は冷静のつもりでしたが、明日の仕事や心配かけたくないなどの理由で、相当焦っていたのだと思います。滑落しなかったのは運が良かっただけでした。こうした場合には無理に動かず、どっしり構えてビバークする度胸が必要だと痛感しました。またこうした気持ちになるためには、厳しい山行の場合には次の日午前中は予備日にしておくなど、策を練っておく必要があると思いました。

③ビバークを選択しなかったこと(バテ切る前にビバーク)
 ②に同じですが、気が焦ると周りが見えなくなります。もう少し周りが見えれば、しんさんが相当きつそうであることはわかったはずです。バテ切る前にビバーク体制に入ることが重要だと痛感しました。40分ほど休んだことでしんさんが少し回復したことを考えると、ビバークしていれば朝明るくなってから駐車場まで歩いても、それほど時間がかからなかった可能性があります。やはり冷静な判断が重要です。

まとめると、「事前の入念な準備」「どっしり構える精神力」双方が足りませんでした。

最後に、フォレストさん、バンブーさん、本当にありがとうございました。助けに来ていただき、本当に安心しました。改めてかがりびは素晴らしい会だと感じました。(記 たの)

図-2 下降予定の尾根の赤色立体図(左)、地形図では見えない嵓が立ち、段々になっている http://www.mapshop.co.jp/products/list.php?category_id=239から作成(2018.6.1.)

概念図

○しん反省
 白崩谷下降ル-ト
雷峠付近から下降 結局時間がかかりルンゼを懸垂下降5回で谷へ下りる。
昔のイメージであまり早く下りても難しいと思っていたが、尾鷲道どこを下降しても嵓と岩場があるから早く白崩谷に下降した方が良かったし、これが後の行動に影響してしまう。
白崩谷の真東か 少し南東P1382周辺の下降しやすいところが良かったのか?
8m/m×30M 2本が使いやすかった。
 東の川本谷
事前にあまり調べず現場で判断すれがいいつもりで入った。20年~30年前の経験ではそんなに苦労した記憶がなかったし、かがりびの初心者メンバーでも二日で十分歩けた。徒渉も腰位まで入ればできたのに 首までではダメで泳がなければならないところもあり水は深くなって変化していた。いまは最新の情報を手に入れることができるし文明の機器を積極的に利用する必要を痛感し安全の為に反省。
 滝見尾根取付部の見落とし
中の滝が眺められるところまで来て夕方だった。今日中には帰れると思う気の緩みかあったためか滝見尾根の取付部を念入りに調べなければいけないのに安易にシオカラ谷に入ってしまいこれが大きなミスにつながることになる。西の滝と中の滝の合流部辺で右岸よりばかりあるいていたが、この辺で左岸の取付部を見落としたと考えられる。
 バテる
うす暗くなるころから私がバテ始める。滝見尾根、取り付きからシオカラ橋まで1時間半、橋から駐車場まで1時間、これを10時間ほどかかってしまったので、4倍ということ。ヘッドランプをたよりに歩くが、盛宏さんが偶然(これは正解の取り付け)滝見尾根の踏みあとを見つけル-トに戻ることが出来た。この間で時間を無駄に消費する。ビバ-クも考えたが私のヒザ(先日半月板の損傷)も心配だが、何とか歩ける。飲んだ水を全部もどしたため、ほんとにゆっくりしか歩けないが、ビバークしても明日歩けるか自信がないのでタノさんが先行して進む。P1374付近で無事ということを連絡がついた。(もりさんドコモ携帯メールだけ通じた)
 バンブー、フォレストのヘッドランプの明かりと、ピ-という笛の音で大安心した。迎えに来てくれたのがわかった。二人に荷物を持ってもらい、シオカラ橋へ。えりさん、紫、と合流。ここからも大変でなんとか駐車場までたどりつけたが、かえってみんなに迷惑をかけることになってしまった。
 もりさん タノさんには最後まで付き合ってもらい助けてもらい感謝に耐えません。よく辛抱して一緒に歩いてくれました。迎えに来てくれなかったら帰れてなかったかもしれません。みんなにも ほんとうにありがとうございました。   (記 しん)

○紫コメント
色々と反省すべき甘い点は多いですが、主人は滝見尾根の取り付きでまだ明るかったのだから、自分がもう少し念入りに調べるべきだったと後悔してもしきれないようです。
地図の緑の破線は2011年の滝見尾根、取り付きからシオカラ橋まで1時間半です。駐車場までは全部で2時間半、それを10時間ほどかかっているのですから、真っ暗の中、ばてるということはそういうことなのですね。
ビバークはしないと決めて水を捨てて、歩きましたが、感謝するのは、お二人が慌てず、焦らず、文句言わず、進一を見守ってくれたことだといいます。ビバークがいいのか、悪いのか、安全を考えればビバークだと思いますが、自分さえ歩けば帰れると思ったようです。逆に、誰かがばてればそれはわかりません。
連絡がつかない怖さ、大騒ぎになるだろうことを考えれば、道にでた事もここさえ歩けばと思ったようです。それにしてもばてるって怖いですね。
これが大きな山行最後と張り切っていましたが、たけさんとたのさんが同行してくれて喜んでいました。結果お二人にしんどい、辛い思いをさせてしまいました。
かがりびで55年ちょっと、遭難、事故を起こしたこと迷惑をかけた事がない自負、でも、年を重ねてきて、70過ぎてリーダーなんかしたらダメと口癖でしたが、今回は最後のリーダーだと言っていました。
良く熟年パーティの遭難を聞くとき、リーダーが亡くなる場合多いですが、やはり最高齢、同じ条件なら一番弱いのでしょう。今回お蔭様で無事帰れましたが、それを想像してしまいました。救いは、盛宏さんのガラケーで下山報告期限ぎりぎり連絡がつき、大騒ぎにならなかったこと。ホントに助かりました。

 ひたむきに山を続け、50代で憧れの黒部上の廊下も遡行し、今風のやり方はできないけど、体力と技術を磨いてきたのに、今回の事で遭難と紙一重となり仲間を危険と隣り合わせにさせたことに落ち込んでいますが、暫くしたら又滝見尾根もう一度確かめに行くと言っているので、大丈夫でしょう。
 常にリーダーとしてメンバーの安全、技術向上、ばかり考え、自分の山行は二の次でかがりびを引っ張ってきた主人の気持ちだけは、かがりびのメンバーにも、皆様にもわかってやって頂きたく、言葉足らずの主人に代わってお願いする次第です。
 ここ最近はそれができなくなってきて、役員としても引き際だと考えてきて、これがタイミングになるかもしれません。

 盛さん、たのさん、本当にお付き合い有難うございました。
 恵理さん、待っている間は本当に心配でしたね。でも、双方の連絡が出来た事、お天気に見放されなかった運も幸いしました。
 バンブー・フォレストさん、救援に来ていただき、有難うございました。(記 紫)

GPSは進一のアイフォン8、電池さえきれなかったら、軌跡は緑の下の赤線、綺麗に取れていました。使いこなせなくて、電池予備役立たずでした。