山行記録

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2009年03月23日(月)・提出

期間 2009年03月19日(木)~2009年03月21日(土)
目的の山域山名 北アルプス 中崎尾根 奥丸山
登山方法1 テント泊 登山方法2 前夜発1泊2日
目的1 個人 目的2 積雪期、ピークハント
記録
天候:20日、雨のち霧 21日快晴無風

19日
夜9時和歌山出発、10時河内松原駅でmujinaさんをピックアップ。

20日
朝3時新穂高温泉駐車場(夏は止まれないタクシー置場が無料となっているのでトイレが近い)ラジオの天気予報では富山に大雨洪水雪崩注意報が出ていた。名古屋の天気予報は急速に天気が回復というのを信じて、 雨がやまなかったが、8時20分小降りとなった中、合羽を着て出発する。1時間ほどで雨があがるが、3月のこの時期にしてはあったかすぎる。まるで5月の連休のようだ。

10時穂高平、長い林道を歩き11時40分、白出沢到着。 小休止後、白出沢から山道に入るが気温があがり、雪はぐさぐさで天候が悪いので入る人が少ないのか、トレースがない。重い雪と、へたしたら、腰まで落ち込むラッセルに苦労を強いられる。 12:30テープを頼りに河原に降りワッパを付ける。kikiさんの30年の時を経て初めて使うワッパの効果を期待したが、雪が深く遅々と進まず、体力を消耗する。若いグループが追いついてきたので、喜んで先を譲りあとをついて行くが、チビ谷、ブドウ谷も雪崩のデブリがすごい。やっとの思いで15:00滝谷の避難小屋に到着するが、ガスで先行パーティも滝谷を横切りルートを探している。疲れがピークとなり槍平まで2時間で行ける自信がなく、翌日のトレースと、雪の締まるのを期待し、リーダーに許しを得て、滝谷避難小屋に宿泊することとなる。

6時間40分行動。二倍くらいかかった。避難小屋は先客が一人、テントも出さず古い小屋ながらもあり難く利用させてもらった。

21日
リーダーの心ははやり、3時半起床するが、明るくなるのを待ち5:50出発する。元気を取り戻し、荷物をデポし槍平から奥丸山に向け出発する。6:30体調不良のmujinaさんは引き返す。朝は雪もしまり歩きやすくコースタイムどおり1時間ほどで槍平に到着するが、ここの避難小屋は立派だ。人の気配がなく、みんなどこに登ったのだろう?

槍平は去年の正月だったか雪崩で小屋の前のテントが押しつぶされ遭難者がでた。私達が登る奥丸山の尾根の左の沢からの雪崩のようだ。7:10奥丸山の尾根に取り付く。急な斜面、最初はアイゼンも良く効いたが、また雪が腐り始め、太ももまでの深いラッセルが始まった。
二倍くらいの時間がかかったが、9:40奥丸山に登頂する。素晴らしい360度の大パノラマに感動する。快晴無風でこの季節とは思えない暖かさだった。たった一日の晴れ間に登れた幸運を感謝する。

9:50下山開始、ナイフリッジの下山は神経を使うが、雪が緩んだので、どうってことはなかった。それよりも、これだけ暖かいとあちこちで雪崩が起るのではと危惧する。とても沢筋は通れるものではない。 11:20槍平到着。

下りは早く、12:20滝谷の避難小屋に戻り3月とは思えない沢の水でお湯をわかし、スープを飲む。生き返ったが、13:20ここから重い荷を担ぎ新穂高温泉へ戻る。行きで苦労した道もウソのように快適に歩ける。でも白出沢への最後の登りはしんどかった。私達の付けたトレース、無駄が一杯だった。16:20穂高平、17:30新穂高温泉で、mujinaさんの出迎えを受ける。

結局、槍平にテント張る予定が手前だったので、休憩を入れると11時間40分ほどの行動となる。起きたのが3時半、車で走り、家に到着が夜中の2時ごろで、寝るのが又、3時半だったから、24時間行動だった。

奥丸山からの去年登った笠ケ岳、乗鞍岳、穂高からキレット、槍、素晴らしい眺めは最高だった。それも3月の雪景色だ。リーダーはいつか厳冬期の槍、穂に、おもいを馳せ、ルート研究に余念がない。

毎度の事だが、雪の怖さを改めて感じる。3月の重い雪のラッセルというつらさ、無積雪期のコースタイムの何倍も余裕を持たなければならない。今回はメンバーに恵まれ時間がかかったが、予定通り登れたことに感謝している。

 

概念図
交通費、食糧、その他費用など
交通費1万円 お風呂平湯の森500円

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