山行記録

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2009年10月18日(日)・提出

期間 2009年10月11日(日)~2009年10月12日(月)
目的の山域山名 木曽 御嶽山
登山方法1 小屋泊 登山方法2 前夜発1泊2日
目的1 個人 目的2 縦走
記録
天候:晴れ

(メンバー) シン 紫 mujina yamatune 柚 トン サワ イズミ フォレスト

(コースタイム) 

10/10  紀ノ川SA22:00~4:30中ノ湯駐車場(車中仮眠)

10/11 快晴 中ノ湯駐車場6:00~8:00田ノ原登山口8:20~11:50剣ヶ峰
         12:30~13:00二の池~14:30五の池小屋(小屋泊)

10/12 晴れ 五の池小屋6:30~7:00継子岳~7:45五の池小屋~9:00魔利支天山
         ~11:30剣ヶ峰12;00~14:50中ノ湯駐車場

      
      
      木曽のナ~ア  中乗りさん  木曽の御嶽  なんじゃらホイ
      夏でも寒い  ヨイヨイヨイ  と。 

 木曽節に歌い込まれた御嶽は古来から霊山として人々の信仰登山を受け入れてきた。
北アルプスの最南端に位置し標高3067mは全国第14位。死火山と思われていたのが昭和43年突然噴煙を上げ始め昭和54年水蒸気爆発を起こす。これがきっかけとなって死火山・休火山と言う表現は見直され、現在すべての火山は1万年以内に噴火したものは活火山として扱われている。活動の程度によってABCとわけられ、さらに危険度を表現するために5段階の警戒レベルを使用している。御嶽の活動はBランクであり、今も噴煙を上げている。

 その御嶽に近々入会予定のサワ・イズミ御夫妻をお迎えして総勢9名でにぎやかに登ってきました。
車3台のうちの1台を中ノ湯の登山口へ回送用として置き、2台で田ノ原の登山口へ到着したのが8:00。さわやかな秋空のもと、雄大な山容を望み、鳥居をくぐって登り始める。
 
 最初は背の高いハイマツが続くなだらかな道をにぎやかにおしゃべりしながら歩く。徐々に傾斜が増してきて階段が始まった。高度を上げるにつれて周囲の景色も見えてきた。恵那山の大きな山も見えているが足下の山は総じて低く、アルプスはここで終わっているのがよくわかる。森林限界を越え草と岩の世界になってくる。傾斜はさらにきつくなり、階段状の道をあえぎながら登る。山頂がここまでおいでと招くが、なかなか近づいてこない。
 
 山を登っている人は我々のようなリュックを担いだ人からジーパンにスニーカーの人まで老若男女様々である。7合目・8合目・9合目と登り、山頂まですぐそこまで来たが、変化のない一本調子の登りはこたえる。眺望が開けてきた周囲の山を慰めに一歩一歩登る。頂上近くになると硫黄臭が漂ってくる。今も噴煙を上げているのである。ようやくにして山頂の山小屋に到着した時間は11:50である。ここで昼食にする。

 周囲の景色を楽しみながらの昼食は格別である。少し休憩したあと、立派な石段をのぼり鳥居をくぐって山頂へたどり着く。中央アルプスから南アルプス、八ヶ岳、北アルプスへと見渡せる。

 記念撮影をしたあと二の池へ向かう。山頂の剣ヶ峰に近い方から一の池、二の池、三の池、四の池ときて最後少し戻ったところに五の池がある。どれも噴火口の名残である、どのような順番で噴火したのであろうか。一と四は水が貯まっていない枯れ池である。二の池のそばへくるとあたりの石に氷が着いており太陽に反射してきらきら輝き思わず足を止めて写真を撮った。池も周囲の浅い部分が凍っていた。

 この池の水は周囲の山小屋の飲料水として使われており、豊富な水のおかげで風呂のある山小屋もあるらしい。ここで少し休憩したあとサイノ河原を通過し三の池を見下ろしながら急傾斜を下る。少し進むと傾斜もゆるみハイマツの中の道をきれいな池を見下ろしながら快適に歩く。このあたりへくると歩いている人も少なく静かな景色を堪能できた。緩やかに登って行くと五の池に着いた。

 宿泊予定の五の池小屋は池を見下ろす位置にあった。御嶽では宗教的な山小屋がほとんどらしいが、この小屋だけがアルペン的な山小屋であるらしい。築10年の新しい小屋である。宿泊の手続きを済ませ荷物を下ろしてお楽しみのビールをいただく。小屋の前の日当たりのいいベンチで雲海を見下ろしながら飲むビールは最高である。これがあるからやめられない。仲間との会話も楽しく、至福のひとときである。

 夕暮れ時はカメラマンの活躍する時間帯であり、yamatune氏も三脚を据え付けて撮影に余念がない。ちょっとおつきあいをしてお話を伺う。昼間撮った写真は見えたままに写っているが、夕方の光線の弱いときの写真は微妙な色の変化があって思わぬ色が出ることがあるらしい。現像してみないとわからない後のお楽しみみたいな所がいいらしい。日が沈んで夕闇がせまり気温も下がってきた中、じっと立ちつくし自然の神秘を待ち続ける、そんな感じがいいのだろうな。私も長らく磯釣りをしてきたが、寒グレをねらうときの寒さで手がかじかむ頃の風の吹きさらしの中で、今か今かと当たりを待つときの心境と似たような所があると思った。

 日も暮れてしまい撮影を終了して小屋へ戻る。ちょうど夕食の時間で、全員そろって食事ををすますと後は寝るだけ。毛布は一人一枚あり隣との隙間もあって快適に眠れた。

 翌日5時頃に起床し朝食を済ませ6:30出発する。御嶽の山頂の最北端にあたる継子岳(2858m)を目指す。今日も快晴で快適な尾根道を、右手に四の池の枯れ池を見下ろしながら歩く。小屋を出発するときに見た温度計では-6度だったが、霜柱が5~10cmほどにのびて高山植物のかわりに氷の花が咲いているようだった。岩にも吹きつけられた雨が凍り、樹氷ならぬ岩氷が発達していた。途中板状の岩があちらこちらに立ち並び、誰かが立てたのでは?と思われるような不思議な場所を通過し、継子岳に到着した。

 ここからはすぐ目の前に乗鞍岳が雄大に望め、その後ろには前穂から奥穂にかけての吊り尾根が険しい姿を見せていた。槍ヶ岳も見え、その左には笠ヶ岳が特徴のある円錐形にそびえている。笠の左右の遠くに薬師か立山?が雪化粧をしていた。アルプスには冬がすぐそこまで来ているのが実感された。

 アルプスの眺望を楽しんだあと、五の池小屋へ戻り、目の前にそびえる魔利子天山を目指す。一ピッチ登りをこなすと、魔利支天へ続く尾根に到着する。ここからキレットのような岩稜を歩く。所々に雪や氷の着いた場所があり注意して越えて行く。皆の歩いている姿を後ろから眺めると、やせ尾根以外に見えるものは深い青空のみであり、空中散歩をしているように見えた。しばらくスリルを味わったあと魔利支天に着く。ここの標高は2959m。岩稜に座って記念撮影をしてもらう。穂高もバックに入れてね~と注文があったが、果たしてうまくとれたのだろうか?

 撮影タイムのあと元の道へ引き返し、二の池を目指す。サイノ河原を通過し二の池小屋新館のそばを通り二の池に到着する。小休止のあと一の池を見おろすピークへ一ピッチ登る。無名峰であるが3000mを越えている。一の池はもっとも高所にある噴火口跡であるが水はない枯れ池である。ここからお鉢巡りをして再度剣ヶ峰を目指す。

 剣ヶ峰の手前の外側斜面には活発に噴煙を上げている火口があり、急傾斜で時々がらがらと落石が落ちている。端へのぞきに行ってみると小槍のような尖塔が大小あり、焼け焦げたような地面の色と急傾斜の谷が、穏やかな山容の御嶽の中で唯一火山の本性をかいま見せている場所であった。地震でも起こったら足下から崩れてしまうのではないかと恐怖感を覚える場所であった。長居は無用と元の道へ戻り、剣ヶ峰へ最後の登りをこなすとまた登山者でにぎわう山頂に着いた。
 
 ここで昼食にし最後の眺望を楽しんだあと中ノ湯を目指して下山する。よく整備された階段を下り樹林帯へ降りてきた。ナナカマドはこの前の台風のせいかすっかり落葉し赤い実が少し残るだけであった。一ノ俣小屋(女人堂)へ着き傾斜もゆるんできて駐車場までもう少しかなと思いながら歩くがなかなか到着しない。途中ロープーウェイ乗り場へ行く分岐を過ぎ樹林帯の中を相当下った。後で調べてみると、田ノ原登山口は2200mなのに対して中ノ湯は1800mほどなので遠いはずであった。

 無事に駐車場へ到着して、お楽しみの温泉を目指す。最初に見つけた温泉はあまり多く入れないとのことでもう少し降りたところの木曽温泉に入る。有馬のようなやや濁った湯であった。2日間の汗を流してさっぱりしたあと帰途についた。
 
 御嶽は火山の中では富士山に次ぐ高さの山であり、独立峰であるために360度の景色を眺められ、山脈の中の山とは違った趣の山であったと思う。それと山岳宗教という面でも独特の雰囲気を持った山であったと思う。剣ヶ峰だけの登山でなく、裏御嶽というか二の池から五の池までの山頂巡りは変化に富み、人も少なく素晴らしい場所であったと思う。天候にも恵まれ、山小屋の混雑もなく快適な山行であったと思います。
いいコース設定をして下さったリーダーに感謝いたします。

                                 ( フォレスト 記 )

概念図
交通費、食糧、その他費用など
交通費 9000円/人  木曽温泉 500円  五の池小屋8500円

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